鎧駅 よろい JR山陰本線 兵庫県美方郡香美町(Open in Google Maps) 2両編成の列車を降り、細い地下道をくぐった先は、標高およそ40mの崖の上。眼下には、底まで澄み渡るエメラルドグリーンの小さな漁港と、集落が広がりました。鎧駅はいわば、日本海の美しい漁村を一望できる展望台です。訪れたのはちょうど端午の節句の頃。地元の方が掲げた色鮮やかな鯉のぼりが、港の上で気持ちよさそうに揺れていました。 訪問:2022年5月(一部2016年10月、2017年6月) / 更新:2022年5月8日 鎧駅はホームが1本だけの小さな無人駅。2022年5月、雲ひとつない五月晴れの空の下に降り立つと、いきなり日本海の青が迎えてくれました。ゴールデンウィーク真っ只中ゆえ、この日は観光客が20人ほど同時に下車。その多くが隣の 餘部駅 から乗車した家族連れ。1日平均の乗客は一桁 と普段は寂しいくらいに静かですが、この日は「海だー!」と、楽しそうな幼児たちの声が響いていました。まずはホームからすぐに出られる駅前へ。この日は車で駅を訪れる人も多くにぎやかでした。ただ、鎧駅がある鎧集落の一帯は、幹線道路から脇道を1kmほど進んだ袋小路の先。駅前にも民家が数件あるのみで、商店は見当たりません。 駅舎は立派なコンクリート製の平屋。駅前には餘部駅方面を結ぶ 香美町町民バス 余部線のバス停もありますが、平日のみの運行かつ事前予約制のため、旅行者の利用には不向きです。待合室には座布団が敷かれ、駅ノートも置かれていました。トイレもあります。15分ほどして、餘部方面へと戻る列車にまた20人ほどが乗り込むと、人はまばらに。山側のホームから地下道を通り、かつて使われていた海側のホームへと渡ってみます。地下道の名は「鎧港 絶景への地下道(ちかみち)」。少し薄暗い地下道をくぐった先にはベンチがありました。海側の旧ホームの大部分(写真右奥)はフェンスで覆われて、現在は入ることができません。このベンチが、標高40mの崖上から港を見下ろす特等席。ベンチの前から一望できるのは、鎧漁港。リアス式海岸が生み出した天然の良港です。そしてこの日は、透き通ったエメラルドグリーンの海を背景に、色鮮やかな鯉のぼりが泳いでいました。鯉のぼりの掲揚は、地元の方が約35年前から始めた のだそう。毎年、端午の節句に合わせて掲げるようです。 ちなみに、ベンチは現在崖から少し離されていますが…かつては崖のすぐそばにあり、柵も一切なかったため、いっそう開放的かつスリリングでした。(2016年10月)ベンチの隣には年季の入った石標。ここから北西に4kmほど離れた海岸にある国の天然記念物「釣鐘洞門」を示すものです。現在の最寄り駅は隣の餘部駅ですが、天然記念物に指定された1934(昭和9)年に餘部駅はまだなく、鎧駅が最寄りでした。ベンチの背後には、地下道から駅の外へとそのまま続く小道。道をたどって漁港へと下りてみます。道中にはアジサイもあり、6月には美しい花を咲かせます。(2017年6月)漁港を見下ろしながら、九十九折の細い急坂を下ります。それにしても海が美しい…斜面にへばりつくように建つ、集落の家々。冬場の風雪対策のためか、多くが焼き板の外壁と黒い瓦屋根という重厚な外観です。坂道と垂直に交わるレールのようなものは、インクライン(傾斜鉄道)の跡。かつては鎧漁港から水揚げされたサバなどが魚類運搬車に乗せられ、鎧駅から鉄路で運ばれたといいます(参考)。見下ろすと確かに、鎧漁港までまっすぐ続いていました。駅から400mほど坂を下って、漁港に到着。見上げても駅がもう見えないほどの急斜面でした。港から見上げる鯉のぼりもまた圧巻。辺りには、鯉のぼりを写真に収める観光客、帰省してきたであろう家族と談笑する地元の方、釣り人など、多くの人が集まり、それぞれの時間を楽しんでいました。船揚げ場に打ち寄せる波の音にも癒やされます。さらに、振り返れば滝の音も。防波堤から港を一望。この小さな漁港には、心洗われる情景がこれでもかと詰まっていました。防波堤からはインクライン跡の全体像もよく見えます。最後に、鎧駅から見て港の向こうにある対岸へ。その高台には十二社神社があります。10月には因幡・但馬の伝統芸能「麒麟獅子舞」が舞われるのだそう。その近くからは、鎧駅と鯉のぼりが同時に見える場所も。駅にやってきた朱色の列車も、景色の良いアクセントでした。港を一周したところで、今度は別の道から線路をくぐり、鎧駅へと戻ります。2時間ほどの滞在でしたが、改めて唯一無二の風情にあふれた駅だと実感しました。ちなみに鎧駅は、宮本輝氏の小説『海岸列車』や、NHKの連続テレビ小説「ふたりっ子」、青春18きっぷのポスターにも登場しています。