野蒜駅 のびる JR仙石線 宮城県東松島市(Open in Google Maps) 2015年に石巻湾の見える高台で再スタートを切った、野蒜駅。かつての駅は眼下の平地にありました。一帯には家々や林が広がっていましたが、震災で3mを超す津波に襲われ、今や面影はほとんどありません。そんな中、三角屋根の旧野蒜駅は何とか形を留め、震災遺構として残されています。役目を変えながらも残る旧駅舎。そして高台から見下ろす新駅舎。それぞれが街の復興を見守っているかのようでした。 訪問:2017年10月 / 更新:2019年3月16日 夕暮れ時の野蒜駅に降り立ちました。ホームが真新しいのは、震災後に、隣の東名駅とともに内陸へと移設されたため。2015年5月に営業を再開しました。ホームからの眺め。遠くに石巻湾と、野蒜海岸一帯の平地を見渡せます。かつては家々や林が密集していましたが、今は新しい建物が数える程度。その中でひときわ目立つ白い建物。かつての野蒜駅の駅舎です。目を凝らせばその手前にホームと駅名標も見えます。3.7mの津波を耐え抜き、現在は 東松島市震災復興伝承館 として残されています。跨線橋からは、松島湾と石巻湾を隔てる宮戸島も見えました。野蒜駅の新しい駅舎。「人々が集い行き交う船宿のような町の拠点、復興のシンボル」がコンセプトだそうです(参考)。駅前のロータリーは物静か。列車の到着似合わせてぱらぱらと人が行き交っていましたが、利用客(乗車人員)数は震災前の3分の1程度にまで落ち込んでいるようです(参考)。駅の山側には、山を切り開いて「野蒜ヶ丘」という新しい街が整備されていました。駅の海側、旧野蒜駅の方へと抜ける連絡通路も新たに設けられました。野蒜駅前に整然と広がる、野蒜ヶ丘の街並み。左の施設は図書館などを備えた「野蒜市民センター」。他には真新しい住宅が立ち並ぶばかりで、店舗らしき建物は見当たりませんでした。駅前はホームよりも一段高い場所にあり、フェンス越しに海が見えます。列車が去った後の静かなホーム。波の音がこちらまで聞こえてくるような気がしました。新しい野蒜駅と、震災復興伝承館となったかつての野蒜駅。それぞれが、それぞれの役割でこの地域を支え続けていくことを願います。