餘部駅 あまるべ JR山陰本線 兵庫県美方郡香美町(Open in Google Maps) 山陰本線でも有数の絶景ポイントである、高さ41.5mの余部橋梁。そのたもとに位置するのが、餘部駅です。高台のホームからは、一様に瓦屋根が並ぶ餘部の集落と、青々とした日本海を一望できます。 訪問:2012年10月、2016年10月、2017年6月更新:2019年1月27日 山の斜面にあり、標高およそ45mの餘部駅。周囲には木々が生い茂る一方、開けた場所からは青い日本海を見下ろせます。(2017年6月) 餘部駅の目と鼻の先が、谷に架かる余部橋梁です。2010(平成22)年に、100年近く使われた赤い鉄橋から、コンクリート製の橋に架け替えられ、同時に線路も写真左の海側から写真右の山側に移設されました。ちなみに、ホームにある赤いベンチは、旧橋梁の鉄骨を再利用したものです。(2016年10月) 海側の線路と旧橋梁の一部 は、2013(平成25年)に展望施設「余部鉄橋『空の駅』」としてリニューアル。線路の上を歩くという、貴重な体験ができるスポットになりました。2016年・2017年に訪れた際には、列車の来ないときも常に観光客の姿がありました。(2016年10月) 「空の駅」は朝から夜まで、駅の利用者以外にも無料で開放されています。(2016年10月) 「空の駅」の主な施設はフェンスに囲まれた遊歩道ですが、海側にはベンチがあり、腰を落ち着けるもできます。(2016年10月) ただ、足元は金網でかなりスリルがあるのに加え、日本海からの風が吹きつけ、長居するのには向いていません。ちなみに、余部橋梁が架け替えられた理由も強風対策です(参考)。(2016年10月) 「空の駅」の先端部は旧橋梁の線路がそのまま残されています。(2012年10月) ちなみに、私が初めて餘部駅を訪れたのが2012(平成24)年。当時は「空の駅」もなく、人の気配もない静かな駅でした。(2012年10月) 橋梁と反対側を向けば、まるで山間にいるような景色が広がります。(2012年10月) 待合室の椅子の上には座布団、台の上には駅ノート。無機質な待合室を彩っていました。(2012年10月) ホームから「下山」してみます。九十九折の細い道を降りる途中には観光マップがありました。2012年に訪れた際には絵が旧橋梁のままでしたが…(2012年10月) 2016年にはすっかり新しくなっていました。麓には道の駅のほか、数件の旅館があるようです。ここで寄り道して、地図にも描かれている「撮影スポット」と書かれた展望台へ。(2016年10月) 細い山道を3分ほどかけて登り、展望台に到着。余部橋梁を通る列車と日本海を同時に見下ろすことができ、旧橋梁時代から鉄道ファンの間で親しまれてきました。(2016年10月) 本数こそ多くありませんが、大阪と浜坂を結ぶ特急「はまかぜ」も通過します。(2017年6月) 展望台を後にして麓まで下ります。道中、観光客と思しき人々としばしばすれ違いました。どうやら多くの人は麓に車を停めて訪れているようです。(2016年10月) 日本海もさることながら、同じ向きに瓦屋根の家々が並ぶ余部の集落にも美しさを感じます。(2016年10月) 新旧橋梁の下は公園として整備されていました。写真下のベンチがある場所に、今では地上と「空の駅」とを結ぶガラス張りのエレベーター(通称「余部クリスタルタワー」)が完成しています。徒歩で8分ほどだった所要時間はわずか1分ほどになり、険しい坂道を登る必要もなくなりました。この規模の無人駅(厳密には隣接施設ですが)としては異例の手の込み具合です。(2016年10月) 公園のそばには餘部駅開業時の記念碑もありました。旧橋梁が架けられた当時、餘部駅はまだ存在しておらず、地元の人々の強い思いが結実して開業に至ったのは、鉄橋完成から47年目の1959(昭和34)年。それまで余部の人々は列車を避けながら鉄橋とトンネルを通り、隣の鎧駅まで歩いたのだとか(参考)。(2017年6月) 公園を抜けた先で見つけた、子どもたちの絵と「道の駅あまるべ」。道の駅には売店のほか食事処や、余部橋梁に関する情報コーナーもあり、多くの人で賑わっていました。初めて訪れた2012年には想像もつかなかった光景を前に、胸にこみ上げるものがありました。(2017年6月)